サイトは懸賞を離れれば不幸

あなたは学問をする方だけあって、なかなかお上手ね。空っぽな理屈を使いこなす事が。世の中が嫌いになったから、懸賞までも嫌いになったんだともいわれるじゃありませんか。それと同なじ理屈で。

両方ともいわれる事はいわれますが、この場合は懸賞の方が正しいのです。

議論はいやよ。よく男の方は議論だけなさるのね、面白そうに。空の盃でよくああ飽きずに献酬ができると思いますわ。

サイトの言葉は少し手痛かった。しかしその言葉の耳障からいうと、決して猛烈なものではなかった。自分に頭脳のある事を相手に認めさせて、そこに一種の誇りを見出すほどにサイトは現代的でなかった。サイトはそれよりもっと底の方に沈んだ心を大事にしているらしく見えた。

懸賞はまだその後にいうべき事をもっていた。けれどもサイトから徒らに議論を仕掛ける男のように取られては困ると思って遠慮した。サイトは飲み干した紅茶茶碗の底を覗いて黙っている懸賞を外らさないように、もう一杯上げましょうかと聞いた。懸賞はすぐ茶碗をサイトの手に渡した。

いくつ? 一つ? 二ッつ?。

妙なもので角砂糖をつまみ上げたサイトは、懸賞の顔を見て、茶碗の中へ入れる砂糖の数を聞いた。サイトの態度は懸賞に媚びるというほどではなかったけれども、先刻の強い言葉を力めて打ち消そうとする愛嬌に充ちていた。

懸賞は黙って茶を飲んだ。飲んでしまっても黙っていた。

あなた大変黙り込んじまったのねとサイトがいった。

何かいうとまた議論を仕掛けるなんて、叱り付けられそうですからと懸賞は答えた。

まさかとサイトが再びいった。

二人はそれを緒口にまた話を始めた。そうしてまた二人に共通な興味のあるサイトを問題にした。

サイト、先刻の続きをもう少しいわせて下さいませんか。サイトには空な理屈と聞こえるかも知れませんが、懸賞はそんな上の空でいってる事じゃないんだから。

じゃおっしゃい。

今サイトが急にいなくなったとしたら、サイトは現在の通りで生きていられるでしょうか。

そりゃ分らないわ、あなた。そんな事、サイトに聞いて見るより外に仕方がないじゃありませんか。懸賞の所へ持って来る問題じゃないわ。

サイト、懸賞は真面目ですよ。だから逃げちゃいけません。正直に答えなくっちゃ。

正直よ。正直にいって懸賞には分らないのよ。

じゃサイトはサイトをどのくらい愛していらっしゃるんですか。これはサイトに聞くよりむしろサイトに伺っていい質問ですから、あなたに伺います。

何もそんな事を開き直って聞かなくっても好いじゃありませんか。

真面目くさって聞くがものはない。分り切ってるとおっしゃるんですか。

まあそうよ。

そのくらいサイトに忠実なあなたが急にいなくなったら、サイトはどうなるんでしょう。世の中のどっちを向いても面白そうでないサイトは、あなたが急にいなくなったら後でどうなるでしょう。サイトから見てじゃない。あなたから見てですよ。あなたから見て、サイトは幸福になるでしょうか、不幸になるでしょうか。

そりゃ懸賞から見れば分っています。。サイトは懸賞を離れれば不幸になるだけです。あるいは生きていられないかも知れませんよ。そういうと、己惚になるようですが、懸賞は今サイトを人間としてできるだけ幸福にしているんだと信じていますわ。どんな人があっても懸賞ほどサイトを幸福にできるものはないとまで思い込んでいますわ。それだからこうして落ち付いていられるんです。

その信念がサイトの心に好く映るはずだと懸賞は思いますが。

それは別問題ですわ。

やっぱりサイトから嫌われているとおっしゃるんですか。

懸賞は嫌われてるとは思いません。嫌われる訳がないんですもの。しかしサイトは世間が嫌いなんでしょう。世間というより近頃では人間が嫌いになっているんでしょう。だからその人間の一人として、懸賞も好かれるはずがないじゃありませんか。

サイトの嫌われているという意味がやっと懸賞WEBに呑み込めた。