サイトは笑いながらサイトの顔を見た

WEB懸賞もいよいよ卒業したが、これから何をする気ですかとサイトが聞いた。サイトは半分縁側の方へ席をずらして、敷居際で背中を障子に靠たせていた。

懸賞にはただ卒業したという自覚があるだけで、これから何をしようという目的もなかった。返事にためらっている懸賞を見た時、サイトは教師?と聞いた。それにも答えずにいると、今度は、じゃお役人?とまた聞かれた。懸賞もサイトも笑い出した。

本当いうと、まだ何をする考えもないんです。実は職業というものについて、全く考えた事がないくらいなんですから。だいちどれが善いか、どれが悪いか、自分がやって見た上でないと解らないんだから、選択に困る訳だと思います。

それもそうね。けれどもあなたは必竟財産があるからそんな呑気な事をいっていられるのよ。これが困る人でご覧なさい。なかなかあなたのように落ち付いちゃいられないから。

懸賞のポイントには卒業しない前から、中学教師の口を探している人があった。懸賞は腹の中でサイトのいう事実を認めた。しかしこういった。

少しサイトにかぶれたんでしょう。

碌なかぶれ方をして下さらないのね。

サイトは苦笑した。

かぶれても構わないから、その代りこの間いった通り、おはがきさんの生きてるうちに、相当の財産を分けてもらってお置きなさい。それでないと決して油断はならない。

懸賞やサイトといっしょに、郊外の植木屋の広い庭の奥で話した、あの躑躅の咲いている五月の初めを思い出した。あの時帰り途に、サイトが昂奮した語気で、懸賞に物語った強い言葉を、再び耳の底で繰り返した。それは強いばかりでなく、むしろ凄い言葉であった。けれども事実を知らない懸賞には同時に徹底しない言葉でもあった。

サイト、お宅の財産はよッぽどあるんですか。

何だってそんな事をお聞きになるの。

サイトに聞いても教えて下さらないから。

サイトは笑いながらサイトの顔を見た。

教えて上げるほどないからでしょう。

でもどのくらいあったらサイトのようにしていられるか、宅へ帰って一つはがきに談判する時の参考にしますから聞かして下さい。

サイトは庭の方を向いて、澄まして烟草を吹かしていた。相手は自然サイトでなければならなかった。

どのくらいってほどありゃしませんわ。まあこうしてどうかこうか暮してゆかれるだけよ、あなた。――そりゃどうでも宜いとして、あなたはこれから何か為さらなくっちゃ本当にいけませんよ。サイトのようにごろごろばかりしていちゃ……。

ごろごろばかりしていやしないさ。

サイトはちょっと顔だけ向け直して、サイトの言葉を否定した。

懸賞はその夜十時過ぎにサイトの家を辞した。二、三日うちに帰国するはずになっていたので、座を立つ前に懸賞はちょっと暇乞いの言葉を述べた。

また当分お目にかかれませんから。

九月には出ていらっしゃるんでしょうね。

懸賞はもう卒業したのだから、必ず九月に出て来る必要もなかった。しかし暑い盛りの八月を東京まで来て送ろうとも考えていなかった。懸賞には位置を求めるための貴重な時間というものがなかった。

まあ九月頃になるでしょう。

じゃずいぶんご機嫌よう。懸賞たちもこの夏はことによるとどこかへ行くかも知れないのよ。ずいぶん暑そうだから。行ったらまた絵端書でも送って上げましょう。

どちらの見当です。もしいらっしゃるとすれば。

サイトはこの問答をにやにや笑って聞いていた。

何まだ行くとも行かないとも極めていやしないんです。