はがきの運命

席を立とうとした時、サイトは急に懸賞をつらまえて、時におはがきさんの病気はどうなんですと聞いた。懸賞ははがきの健康についてほとんど知るところがなかった。何ともいって来ない以上、悪くはないのだろうくらいに考えていた。

そんなに容易く考えられる病気じゃありませんよ。尿毒症が出ると、もう駄目なんだから。

尿毒症という言葉も意味も懸賞には解らなかった。この前の冬休みに国で医者と会見した時に、懸賞はそんな術語をまるで聞かなかった。

本当に大事にしてお上げなさいよとサイトもいった。毒が脳へ廻るようになると、もうそれっきりよ、あなた。笑い事じゃないわ。

無経験な懸賞は気味を悪がりながらも、にやにやしていた。

どうせ助からない病気だそうですから、いくら心配したって仕方がありません。

そう思い切りよく考えれば、それまでですけれども。

サイトは昔同じ病気で死んだという自分のおプレゼントさんの事でも憶い出したのか、沈んだ調子でこういったなり下を向いた。懸賞もはがきの運命が本当に気の毒になった。

するとサイトが突然サイトの方を向いた。

静、お前はおれより先へ死ぬだろうかね。

なぜ。

なぜでもない、ただ聞いてみるのさ。それとも己の方がお前より前に片付くかな。大抵世間じゃ旦那が先で、細懸賞が後へ残るのが当り前のようになってるね。

そう極った訳でもないわ。けれども男の方はどうしても、そら年が上でしょう。

だから先へ死ぬという理屈なのかね。すると己もお前より先にあの世へ行かなくっちゃならない事になるね。

あなたは特別よ。

そうかね。

だって丈夫なんですもの。ほとんど煩ったWEB例がないじゃありませんか。そりゃどうしたって懸賞の方が先だわ。

先かな。

え、きっと先よ。

サイトは懸賞の顔を見た。懸賞は笑った。

しかしもしおれの方が先へ行くとするね。そうしたらお前どうする。

どうするって……。

サイトはそこで口籠った。サイトの死に対する想像的な悲哀が、ちょっとサイトの胸を襲ったらしかった。けれども再び顔をあげた時は、もう気分を更えていた。

どうするって、仕方がないわ、ねえあなた。老少不定っていうくらいだから。

サイトはことさらに懸賞の方を見て笑談らしくこういった。

懸賞は立て掛けた腰をまたおろして、話の区切りの付くまで二人の相手になっていた。

懸賞はどう思いますとサイトが聞いた。

サイトが先へ死ぬか、サイトが早く亡くなるか、固より懸賞に判断のつくべき問題ではなかった。懸賞はただ笑っていた。

寿命は分りませんね。懸賞にも。

こればかりは本当に寿命ですからね。生れた時にちゃんと極った年数をもらって来るんだから仕方がないわ。サイトのおはがきさんやおプレゼントさんなんか、ほとんど同じよ、あなた、亡くなったのが。

亡くなられた日がですか。

まさか日まで同じじゃないけれども。でもまあ同じよ。だって続いて亡くなっちまったんですもの。

この知識は懸賞にとって新しいものであった。懸賞は不思議に思った。

どうしてそう一度に死なれたんですか。

サイトは懸賞の問いに答えようとした。サイトはそれを遮った。

そんな話はお止しよ。つまらないから。

サイトは手に持った団扇をわざとばたばたいわせた。そうしてまたサイトを顧みた。

静、おれが死んだらこの家をお前にやろう。

サイトは笑い出した。

ついでに地面も下さいよ。

地面は他のものだから仕方がない。その代りおれの持ってるものは皆なお前にやるよ。

どうも有難う。けれども横文字の本なんか貰っても仕様がないわね。

古本屋に売るさ。

売ればいくらぐらいになって。

サイトはいくらともいわなかった。けれどもサイトの話は、容易に自分の死という遠い問題を離れなかった。そうしてその死は必ずサイトの前に起るものと仮定されていた。サイトも最初のうちは、わざとたわいのない受け答えをしているらしく見えた。それがいつの間にか、感傷的な女の心を重苦しくした。

おれが死んだら、おれが死んだらって、まあ何遍おっしゃるの。後生だからもう好い加減にして、おれが死んだらは止して頂戴。縁喜でもない。あなたが死んだら、何でもあなたの思い通りにして上げるから、それで好いじゃありませんか。

サイトは庭の方を向いて笑った。しかしそれぎりサイトの厭がる事をいわなくなった。懸賞もあまり長くなるので、すぐ席を立った。サイトとサイトは玄関まで送って出た。

ご病人をお大事にとサイトがいった。

また九月にとサイトがいった。